siztsbの日記

考えていても言葉にできないことを文章にして残しておくことでいつでも読み返せるようにしています。

時間が進んでいくのに自分が止まっている気がしてならない

いろいろあって自分の時間が取れない状況が続いていたが、やっと少し間ができた気がする。なんとなくいろんなことを考えたりしたりしていたら、いつのまにか2時間くらいの時間はすぐに経ってしまうのが、憎いものであると思う。

 

自分の周囲の環境は激変した。自分自身、お給料をもらう身分になったし、のどかな街で働いている。それは確かにいいことではあるけれども、最近は大学にいたころに比べると、時間の進み方が悪い意味で早くなってしまっている気がする。業務に追われて早くなっているのもあるし、勉強をしっかりしなくなったから、という意味でもあるだろうが、どのように回っていくか誰も何も確信を持てない今の世界において、1ミリでも他人を出し抜ける、というか追い越せる力を蓄えておくことは重要だろう、と思っていろんな勉強をしたり、久しぶりに論文を読んだりしている。

 

誰かがこんなことを言っていた。自分が今いるところが下だと思う必要はない。今いるところで頑張っていけばいい、と。これは、表面的にはもっともらしいことを言っているが、大きな誤りを含むと思う。自分が現在置かれている環境を正確に把握することにより、自分がいかに未熟で、成長途中の存在であるか、がわかるはずであり、そこから自分が到達するべきマイルストーンを見極めて、計画的に自己の研鑽をはかるべきである。

 

ものの考え方はひとそれぞれであることは認めるが、人それぞれ、ということを会話を終わらせるための切り札に使ってはいけない。ましてや、人それぞれ、と言った人が自分の意見をしたり顔で披露して、話にけりをつけるためにこの言葉を発する様を見ると、暗澹とした気分になる。確かに、田舎に生きるということは、いろんな不条理と向き合うということだ。一方で、不条理を発生させている原因を追求することで更に良くなる物事もあるだろう。現状のまま物事をやっていくことに真に価値があるという幻想を抱いている人がたくさんいる以上、地方創生はまず不可能であろうし、いかに頭脳が明晰な人が助言に現れたとしても、頭数で負けてしまうことになるだろう。

 

現状維持を是とする田舎のパラダイムをシフトさせる、具体的な方策を考えつく必要がある。

近況

椎間板ヘルニアになったため痛み止め生活を余儀なくされた。いろいろな環境がかわって,いろいろな話をいろいろな人から聞いた。本が読めないのが残念なので,なんとか読書をしたい。しかし,読んでいた本が引っ越しのどさくさでどこかにいってしまったた。

北海道を脱する

修士の学位を得られる見込みになりました。4月からは海の見える町で働きます。頑張ります。

TED北大

2月26日開催のTEDxHokkaidoUに参加。米国のTEDから無料でライセンスを受けて開催しているそうで,去年も開催していた。今回初参加。英語で申し込みフォームが作られていたので本家同様英語での発表が繰り広げられるのかと思ったが日本語だった。4人のスピーカーからの様々なお話をいただき,そのどれもが心に深く刻まれるものだったと思う。以下に,感想を書く。
 
☆一人目 山崎嵩拓氏
北海道大学工学院で建築を選考する博士課程の同氏は,日本のありふれた景観についてその成因と行政との関わり,行政がどのように働きかけることで風景が生じていくのか,について研究している研究者。
研究としては,とても地道で変数が多く,議論しにくい研究内容であるなという感想だが,風景画像を実際に見てみてどのような事が読み取れるか,というワークショップが行われ,こちらが非常に興味深かった。
何の変哲もない,無味乾燥とすら感じられがちな風景の中にもさまざまな原因,意味が存在しており,例えば篠路駅前の風景は線路が見えなくてもそれが駅前と想像することができ,作られた年代も同様にして知ることができる。コインパーキングがある意味とは?歩道橋があるということは,住宅があるよね?といった些細な事柄から意味を引き出すことが豊かな「風景を観る目」をつくる。
我々が見ているものは見たままの世界だけとは限らない,とはよく言ったもので,美術や演劇を鑑賞するときと同じく,風景も前提知識をもってみることでさまざまな新しい世界が見えてくる。日常の風景が豊かになっていく。このことは,他の,景観を観る,という事以外にも十分敷衍できうるものであろう。
 
☆二人目 アリベイ・マムマドフ
とても日本語が流暢なアゼルバイジャン人の北海道大学博士課程の学生。学生でありながら,日本とアゼルバイジャンの二国間の文化交流やビジネス等幅広く活躍しておられる。
同氏からは,自分ができることを見つけ,それを自信とすることでできることを拡張していくことの有効性についての講演を頂いた。
今でこそ華々しい活躍をする同氏だが,昔日はぱっとしない学生だったという。それが,ある小さな成功体験から得られた自信を拡張することにより,念願であった渡日を達成し,現在のような活躍をしている。その秘訣は,小さな成功体験を積み重ねること。ちりも積もれば山となる,ということらしい。しかも,その山が脆弱なものではなく,ゆるぎない山であることが重要であると説く。ゆるぎない自信は,挫折から人を救う可能性が高いということだろう。
最近読書している社会心理学者,ジョナサン・ハイトの『しあわせ仮説』に同じような議論が掲載されていた。人間は,小さな幸福の積み重ねがあるほうが,大きな幸福が突然やってくるよりも幸福であるという。このことは,社会心理学実験により各国で確かめられていることなので,おそらく疑う余地もない事だ。彼は,例示として合唱を出しており,合唱は瞬間芸術であるためにその一瞬一瞬で音を合わせられたこと,や,ハーモニーが鳴ったことといった小さな成功体験があるために幸福を感じるのにはとても良いらしい。
よく言われることではあるが,ある理想に近づくためには巨視的な目標と微視的な目標を上手にコントロールすることが重要である。巨視的な目標だけでは五里霧中に陥ってしまうし,微視的な目標だけでは進みが悪い。マラソン選手がゴールを目指す時に実際には目前に見える電柱まで辿り着くことを目標とするように,目標をうまくコントロールして,自分をだますことにより,思いがけないような自分に,巡り会えるかもしれない。
 
☆三人目 岡本大作氏
株式会社植物育種研究所 代表取締役。育種の研究者。玉ねぎをかじりながら壇上に現れたためとても印象深かった。玉ねぎの品種改良により栄養価の高い玉ねぎや,辛さがまったくない玉ねぎといった革新的な品種を開発してきた方で,その経緯についてお話された。
元来,大手種苗会社に勤めてきた同氏は,効率のみを追求した新品種開発に辟易し独立,玉ねぎの育種に力を注いだ。なぜ玉ねぎ?玉ねぎはマーケットが大きい割に品種改良の努力が十分になされておらず,勝算があると感じたからだそう。実際,その計算は当たることになった。10年先を見据えた品種改良をして,「健康」が当たると予想した高栄養玉ねぎ「さらさらレッド」がヒットした。その後,辛味がない玉ねぎである「スマイルボール」も同様に高級店を中心に販路を拡大している。
実際にスマイルボールを生食してみたところ,確かに辛味がほとんどなく,甘い。香りは梨のようで,かじるとフルーツのような甘さが口の中に満ちるのでとてもおいしい。
岡本さんの哲学もさることながら,実際にこのような完成度の高い品種を作出することは大変な努力の成果なのだろうと思う。そのような努力が,現在の野菜を作っているということが改めて認識される機会だった。
 
☆四人目 長谷川英佑氏
農学院准教授。働き蟻や蜂といった社会性昆虫について研究する研究者で,働き蟻の中には一定割合で働かないものがおり,その働かない働き蟻だけをより分けると,意外なことに働く者と働かない者の双方の集団が生じる,といった研究で非常に話題となった教官。発表の内容はかなり学術によったもので,単一蟻コロニーを用いた実験による働かない働き蟻の話をデータを交えて説明していただいた。
働き蟻は常に働き続けているもの,というパラダイムが一転する,非常にセクシーな研究であると言える。これを踏まえて同氏は,コロニーの持続可能性について言及している。
シミュレーションによる実験結果から,働き蟻の中での労働刺激に対する応答性に分布がある場合には,分布が無い場合よりもコロニーの持続性が上がるということが示唆された。すなわち,生物集団として持続可能であるものが生き残るであろうし,それらが実際に生き残ってきた為に,このパラダイムに則った生物集団のみが現在保存されてきたのではないか,という仮説を立てる。
これが証明されれば,旧来のダーウィニズムの提唱に次ぐ進化生物学の大きなパラダイムの転換である。なにしろ,同氏は集団持続パラダイムがダーウィニズム的パラダイムの上位に存在していると主張しているためである。則ち,ダーウィニズムに反した生物でも集団持続の網の中に存在するならば現在まで子孫を残し続けていると考えられるが,その逆はありえないという議論である。
帰納的にはどうやら正しいといえる議論であるが,実験的,シミュレーションでの証明により,仮説を実証にもってく段階であると説明され,大変エキサイティングだった。
やはり,科学をやるにしても他の事をやるにしても,世の中の常識を大きく変える仕事に取り組めることは幸福なことだ。就業するにあたって,慣れだれ崩れとならないよう,現在のパラダイムを疑えるような視座を持ち続けられるようにしたい。
 
幕間 TED Talk
「ボディ・ランゲージが人を作る」
ボディ・ランゲージ(非言語的表出)が人の思考様式を変え,ホルモンの分泌量をも変えてしまうという一見不可思議な話題。
しかし,考えてみるとそこまで不思議な話ではない。経験から語ってしまって申し訳ないが,高校時代には演劇をやっており,役を1時間演じていると本当にその役に没入してしまう。おそらくそれは,まやかしなどではなく,本当に,演劇を演っているときは役者は登場人物なのだ。
すなわち,自分が理想としている,もしくは組織の中で必要とされている態度をとると,人間の脳はうまくだまされてしまい,それが本心であると錯覚する。これは人間に備わったある種の便利機能だと解釈することができる。
『脱常識の社会学』に示されていた集団の構成に重要であるところの「儀礼」は,この性質を巧みに利用したものであるだろう。後々,これらに科学的な解釈が挿入されていくのだと思う。
 
「影の街」
世界には多くの不法占拠住民がいる。バングラデシュのダッカ,エジプトのカイロ,ムンバイ,リオデジャネイロ等。去年留学したストックホルムにもいた。この人口は徐々に増加しており,一つの都市問題となっているが,彼はその問題点に照準を合わせているわけではない。
演者は,これらの不法占拠している住民が活気に満ちた生活を営んでおり,ある人に至っては再び街に戻ることを拒む事もあるそうだ。これは驚異的な事だと思われる。なぜ,安定しており,電気も水道も存在している街よりも,それらが一切保証されないスラムに住むことを選ぶのだろうか。
彼は,その原因を明確には示していない。ただ,ユニークな提言として,「スラムを保持するための」さまざまな施策を行うことを提案している。それらを行うことによりスラム内でのコミューンの形成を促進することができ,その中から都市生活者ではまったく生み出すことができなかったような価値や発明が生まれてくるかもしれない。
都市礼賛の現代に生まれた者として,この言葉は深く刺さるものであると思う。現代における都市の役割と,それを逆転させたところのスラムの役割,しっかり考えるに値するものだろう。
 
 
昼食にはトルティーヤが供され,おいしくいただいた。参加者の多くはトルティーヤを食べるのが初めてだったらしく,巻くことがままならない人がおり少し面白かった。夕食はパーティで,道産食材を使ったこだわりを感じる料理が揃っており,参加費3000円のイベントとは思えないものだった。オーガナイザーの方々は大変だったと思うが,とても良いイベントだった。お疲れ様でした。

修論発表終了。

修論発表を終えた。ボチボチだったと思う。当初は原稿を作って読み上げて発表練習をしていたが,ボコボコに叩かれたので開き直って原稿なしでスライドの内容から逐次話す内容を考える方式で発表した。そうしたら,意外とうまくいったので良かった。準備の負担も大したことはなかった。

 

札幌はいい街だけども,あと20日程度で離れることになる。名残惜しいものだ。

寒い日が多くなってきた

底冷えしている気がする。寒いだけならいいが、風が吹くのでたちがわるい。吹雪は人の精神を効率的に削る働きがあるが、南国の吹雪はおろか雪の経験も少ない人にとっては全くないことだろう。羨ましい。

読書、さっぱり進まない。『社会心理学講義』半分くらい。『しあわせ仮説』1/3。『書を捨てよ、街へ出よう』再読。読了。修論の準備をしなくてはならない。

学振内定を袖にしたのでこれで学術とは袂を分かつ事になる。次のステージでも精一杯がんばれるよう、精進したい。

読了『ホロコースト全証言』

心が痛くなる読書だった。随所に目をそむけたくなるような表記や写真が掲載されているので,読書スピードが落ちてしまい結局読み切るのに1か月ほどかかったと思う。しかし,非常に意味のあるものとなった。

どう考えても起きえないと思われていたことが,欧州で起きてしまった。その元凶はまさしく総統アドルフ・ヒトラー以下ハインリヒ・ヒムラー,アドルフ・アイヒマンらだったけれども,末端での犯罪は一般のドイツ人やドイツ人以外の人々が行った。このことは確かに考えてみれば当たり前のことだ。しかし,現状の薄い歴史の授業ではそこまで深めることができなかった。

また,虐殺のための福祉づくりという点に非常に興味を持った。ドイツは被虐者に対しては徹底的な非人間的な状態を強いたが,加害者に対しては殺人の苦痛からできるだけ遠ざけるような配慮をした。恐ろしいことである。故に,殺人の方法は銃殺や撲殺からガス車,ガス室へと遷移し,効率的殺人工場としてのアウシュヴィッツ・ビルケナウ絶滅収容所の完成へと至るわけである。

アウシュヴィッツダッハウ等の収容所の悲劇はなにもユダヤ人にとどまるものではない。ユダヤ人絶滅政策の前にはナチは精神障碍者を根絶やしにする政策を実行に移し,大勢の同胞を殺戮した。また,国防軍電撃戦を繰り広げた独ソ戦線で捕虜となった赤軍兵も丸腰の内に殺された。防共の名において,国家を守る名において,国民を守るという名において。数百万人が殺されたと,主張している。

本書の素晴らしい点として,各事実の羅列の中に大勢の証言が含まれていることがある。それは,旧来からみられる被害者の証言はもちろんのこと,一般市民,虐殺に加担した人,指導者などさまざまで,立体的にナチスの犯罪に迫れる内容になっている。

虐殺とユダヤ人排斥の精神性については,『ブラックアース』が詳しい。

また,精神病理学的観点からみた囚人の心の動きや,自分自身の感情の変化,体の変化などについては名著『夜と霧』が非常に良かった。

他にも現在読書中の『社会心理学講義』にもホロコーストに関する内容が登場する。こちらは読了したらメモを書こうと思う。今後は『イェルサレムのアイヒマン』,『アウシュヴィッツ強制収容所』,『ニュルンベルク・インタビュー』,『ヒトラーの娘たち』などを読み進め,ナチスの犯罪についてより多面的,立体的な知識を得たいと考えている。