siztsbの日記

考えていても言葉にできないことを文章にして残しておくことでいつでも読み返せるようにしています。

岐路

この期に及んで人生の岐路に立っている。本当に分かれ道。来年は厄年なのでどちらを選んでも厄が降りかかる気しかしないが,果たしてどうなることやら。

 

2016年,思えばいろんなことがあった。留学から帰国し,論文をまとめ,就活を4社だけしたら1社に内定した。ついでに論文もアクセプトされた。国際学会と国内学会に行き,叩かれたり褒められたりもした。受賞もあった。学振DC1にも採択された。

 

学振と就職,ほんとにどうしようかねえ。はてなの学振勢の皆様は,そんなこと悩まずに進学なされたのだと思うのだけど。最近は自分のカスさに嫌気がさしていて,果たして学位がとれるのかということをずっと考えている。

 

また,学位を取得したら取得したで僕の分野は工学系ではないので進路をどこにとるか,ということに対してさらに頭を悩ませる必要があると思う。問題だ!万が一学位をとれなかった場合……お察しかなあ。プログラミングが少しできるのでそこで誰かが僕を使ってくれればいいのだけれど。月20万の学振と数万多い民間,つらさはどちらに行っても変わらないと思うが辛さの質が全然違いそうであり。Ph.Dをとってどれだけ効力があるのかふと考えてみると,よのなかそういえば全然Ph.Dっていないよなあ。大学だけだよなあと思ってみることがあったり。

 

井の中の蛙大海を知らずのままPh.Dを取得するよりは,一度海に出て世界を知ったほうが今後のキャリアとしてもいいのかもしれない。が,今の研究を続けたい気持ちはもちろんある。トップジャーナルに載るテーマをやっていると自負しているし,その研究は自分の手で成し遂げたい。

 

だが,しかし,しかし。思考の無限後退に陥ってしまっている。大晦日をこんな陰鬱に迎えたのは2010年の大学入試以来だと思う。当時も重たい雪が降って世界は真っ白になっていたっけ。北海道にきても全く同じことになっていて,つくづく僕は時間の無限ループの中に存在しているのだなあと思う。このままループが続くなら,むこう2年はあまりいい年にはならなさそうだ。

 

しかしそんな時運を打破する強力な思想と推進力を大学生活で身に着けたはずだし,そうでなければいけないと思う。

 

頑張っていることに対してたいてい社会は評価をしてくれない。大学院に入ってからはたまたま評価があったが,本当にたまたまだと思うし,驕るつもりもない。謙虚に,しかし大胆に生きるて,世界にイノベーションをもたらすのが,やはり自分にとっての幸せなのかもしれない。

 

B3の時に,今はPIになっていて当時は臨時採用だったひとが言っていた。

「博士に行く以上,安定は捨てなければならない」

京大Y先生のもとにいたひとですらそう言うのだから。泡沫にいる僕に関してはさらにだと思う。安定を捨ててまで得られる価値がPh.Dなのかどうかは今の僕にはわからない。少なくとも,Ph.D粗製時代にあって社会的評価があまり高くないことは明白だと思う。

 

自分の観測範囲にPositive ControlとなるDCの学生がいないことも躊躇わせる要因だと思う。常にビッグラボが研究をリードするのはそれらの上にいる人々の部下に対する教育体制というか,手本となるものが示されているこそなのだと思う。

 

心に思い浮かぶよしなしごとを書いたら少し心が穏やかになったと思う。自分自身に,「よいおとしを!」。