siztsbの日記

考えていても言葉にできないことを文章にして残しておくことでいつでも読み返せるようにしています。

新年,指針を立てる

新年あけましておめでとうだった。元日はウイスキーのGlenfiddich12年をロックで3杯飲み,2日は日本酒を飲み,3日を休肝日にして4日はビールをそこそこ飲んだ。新年は酒を飲むに限ると思う。空いた時間に駅伝を見たりアメフトを見たりした。富士通のQBとレシーバー圧倒的すぎだろ。

 

4月からは企業に行くこととした。時を同じくして,投稿していた論文のアクセプトが決まって,筆頭2報目となった。業績で評価されるならまだまだひよっこだけども,修士にしてはそこそこの仕事はできた方ではないかと思う。

 

様々な人から様々な意見をいただいて自分で物事を考えるいい機会になったと思う。一方,あまり実験を大量にするのが好きではない性分で,楽することばかり考えてしまう上に締め切りがない仕事はだらだら引き伸ばしてしまうせいで科学を推進していくにはあまりよくない一面を晒してしまった。それを発見し,自分で認識できる程度には僕も自分を相対化できているのかなあとも思う。

 

学振特別研究員やリーディングで大学院博士課程に進まれる優秀な学生諸氏にはぜひとも頑張っていただきたい。私は,どうもそこには混ざれないようなので,外野から野次を入れる人になってしまうようだ。

 

大学の常勤ポストが大幅に減りゆく中で,今博士号をとった人はどのようになっていくのだろうか。日本以外で仕事ができるほどの国際性と専門性がある人であればともかく,日本においては日本でしか通用しない仕事をしている博士を粗製している学科もあると感じる。そのような人に学生のうちから熱心な指導を与えず学位のみを与えて,そのまま放置するような教育をしてはならない。また,修士課程および博士課程において経済的支援を与えるのは良いがその先のキャリアを適切に形成することを阻害するような構造を打破しない限りは,現在博士課程に在学している学生の中において真に報われる人は少ないと思われる。

 

やはり,研究する以上,その行為によって報われたいと考えるのが人情ではないだろうか。できる人ほど報われない制度となってしまったせいで,最近の学生は博士課程にそもそも行かない,という選択をする人が優秀層において特に見えてきているという指摘がなされているのだろう。特に物事を考える人は,そのような構造を見抜いてしまっているのかもしれない。僕はグダグダ悩んだ派なので,その一員にはなっていないが。とにかく,徒に博士を増やす政策をとった以上,出口において報われるシステムを構築し,実際に運用していく気概が必要だと思う。

 

ただし,シュリンクしていく日本の中で,それは現実的ではない。社会保障費は年々増大しつづけている。来年度の予算案においても5000億円の増額とのことで,この傾向はよほどの世論の変化がない限り変化することはないだろう。当たり前だが人口が減ることで金の回りが悪くなり,貧乏な人は更に貧乏になってしまう可能性が高い。こんな中で果たして風当たりの強い基礎科学に国が積極的にお金を出せるのだろうか。現状はまだ耐えているという印象があるが,ここにメスを入れられたら一挙に制度自体が崩壊すると思う。市民は自身が関係ないもの,直接見えない少数派をスケープゴートにして社会がよくなったと思いこんでしまう。第三帝国時代の精神障害者およびロマ,ユダヤ人迫害に見られたように。